教会信奉者の方へ

HOME › 教会信奉者の方へ › 輔教の方へ

【輔教任命】 ご神願成就の担い手として


 このたびの布教功労者報徳祭並びに金光鑑太郎君二十年祭のご祭事のなかで、新任・再任を合わせて百八十八教会三百八十九人が、教主金光様から輔教に任命された。
 任命式では、任命輔教を代表して倉本武司氏(兵庫・駒ケ林)が、教主金光様から辞令および記念品(天地書附)を受け、所願表明を行った。
 祭典に引き続き行われた「あいよかけよの生活運動」全教集会後、辞令交付式が行われ、安武秀信教会部長が挨拶した。

所願表明

 ただいま、教主金光様より、私たち三百八十九名の者が、輔教任命の辞令を頂きました。輔教としてお取り立ていただきましたことを、ありがたく、心より御礼申し上げます。
 今日の多難な時代にありまして、これからもさまざまな難儀な事柄に出遭うことでしょうが、輔教としての自覚を明確に持ち、親神様から等しく神心を分け与えられている神の氏子として、迷うことなく神様に心を向け、親神様の願いに添った生き方をさせていただけますよう、教会長先生のご教導を頂きながら、よりいっそうの信心実践に取り組み、お役目に精進してまいりたいと思います。
 どうぞ、教主金光様のお取次のもと、ご神願成就のお役に立たせていただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

教会部長挨拶

 ただ今、教主金光様ご祭主のもとに、布教功労者報徳祭並びに金光鑑太郎君二十年祭がお仕えになりました。
 本日、おまつりされた霊神様方は、教祖様が開かれたこの道を守り伝えていくため、生涯をささげられた方々です。教主金光様からご任命を頂かれた輔教として、その霊神様方のご精神を頂き、ここからのご用にお立ちいただきたいと存じます。
 所願表明に、「親神様から等しく神心を分け与えられている神の氏子として」とありましたが、難儀な人を見て、かわいそうにと思う心は、確かにみな等しく頂いております。
 そのかわいそうにと思う心を、一歩進めて祈りとし、その祈りを形に現して、助かりの輪が広がっていくことが願われます。
 私がご用を頂いている教会でのことですが、勤め先の上司から教会のことを聞き、はじめて参拝されたAさんが、二日後に参拝された時には、新しい人を連れてこられました。
 連れられてきた方は、Aさんの友人で、同年輩の三十代の婦人でした。ジャージ姿に化粧も口紅もされず、生気のない様子でした。
 聞くと、夫は脳腫瘍が再発して入院中で、六歳の男の子と十歳の女の子を抱えて、夫の看病のために働きにも行けないということでした。同じ敷地内に住む夫の母からは、「生活も経済も別」と言われて、夫に必要な紙オムツを買うお金にも困り、義母に借金をするというような状態で、心身ともに疲れ果てた様子でした。
 ところが、その婦人が二十年たった今、二人の子供もそれぞれ結婚して近くに住み、孫の顔を見ながら元気に働いておられます。そのおかげの元となったのは、Aさんから「今のあなたにぴったりのところがあるよ」と勧められ、お導きされたことからでした。
 Aさんは、二回目の参拝でしたので、金光教のことを詳しく知っていたわけではありません。まだ自分の悩みが解決したわけでもなく、悩みを持って参拝した教会で感じたことを、そのまま伝えられただけなのです。かわいそうにと思う心を、一歩進めて祈りとされ、その祈りを形に現したことで、助かりの輪が広がっていったのです。
 これから皆さんも、助かってほしいと思う人に、自分がおかげを受けたことや、教会に参拝してうれしかったことを、そのまま素直な思いで話していくことが大切です。それがそのまま、人が助かるお導きにつながっていくのです。
 お導きというものを、あまり難しく考えてはいけません。十人に話をして、十人がみな参拝されなくてもよいのです。そのなかの一人でも、助かることにつながっていけば、それを神様は喜んでくださいます。
 それぞれ持ち場立場は違いましょうが、輔教としての使命と誇りを持ち、神様のみ心に添わせていただくため、喜び勇んでご用にお立ちいただきたいと存じます。 (要旨)